Memorized drunkenness in red.
「僕、血の匂いって嫌いなんだよね」
唐突に響いた声に、曽良は半ば呆れ顔で声の主を見る。
自分より頭一つ分ほど低い位置にある彼の顔や腕、服などにはまだ乾ききらない赤黒い痕。
風呂に入ってもすぐには落ちないだろう血臭と硝煙の匂いを纏っているのは
まぎれもなく自分であるというのに、何を言うのか。
「だったら、このような無茶は控えてほしいんですが」
「無茶だとは思ってないから無理」
間髪をいれずに帰ってきた答えに、曽良はその眸をゆるりと細めてから口を開く。
妹子さん、とその言動を咎めるように。しかし、返ってきたのは至極間の抜けた返事で。
「なぁに、曽良」
「なぁにではありません」
「怒ってるの?」
「怒ってますよ」
「なんで?」
「わかりませんか?」
言葉の裏に殺気を孕ませながら注がれる曽良の視線に妹子は動じることなく、
けれどどこか居心地悪そうに視線をそらす。僅かな沈黙。それに痺れを切らしたのは、曽良の方だった。
視線を合わせようとしない妹子の左腕を強引に取る。
「…い、っつ…!!」
「怪我、してますね」
「・・・・・・」
「ほう…ナイフか何かで切り付けられた、と」
袖をまくりあげて、応急処置程度に巻かれた布を手早く取る。
現れたのは白い肌には似つかわしくない血の滲む生々しい切り傷。
「どこが、無茶じゃないんですか?」
そう言いながら曽良はその赤に唇を寄せ、滲み出るそれを舌で舐めとる。
腕に走る傷をなぞる様に優しく、たまに抉るように舌をねじり込ませながら。
「いった…!ちょ、曽良痛い痛い!」
「…自業自得です」
「いや、絶対曽良の所為だから!」
そう言って妹子の手が曽良の頭を軽く小突く。それを受けて曽良が顔を上げれば、漸く二人の視線が絡んだ。
色素の薄い瞳に宿るのは意外にも優しい光。一方、黒い双眸には僅かな翳り。
「何?心配した?」
「しては、いけませんか」
一応、教育係なので。そう言いながら傷口から離した唇は、そのまま妹子の唇を奪う。
最初は啄ばむように小さく繰り返されたキスも、次第に口内を犯すように激しいものへと変わっていく。
「貴方に死なれては、芭蕉さんに顔向けできませんよ」
芭蕉の側近として妹子を預かった曽良の、尤もな言葉。
だがその言葉を発する曽良の瞳が揺れているのを妹子は見逃さなかった。
曽良が見せたその一動に、妹子は小さく口端を吊り上げる。
「素直じゃないなぁ」
「何か言いましたか?」
「ううん、何も」
言葉を交わす間にも下に下にと移動していく曽良の頭を抱えるように腕を回すと、妹子はくすくすと笑う。
少し硬めの黒髪を指先で弄びながら、わざと艶のある声で囁く。
「で。今度は、僕に欲情しちゃったんだ?」
「犯しますよ」
「もうしようとしてるくせに」
睨みつける曽良とは対照的に愉しそうに笑う妹子の白く細い指が
曽良の唇をなぞり、頬を撫で、首を這い、胸を伝い、腰に回される。
こうやって何人もの男を落としたのかと思うと腹立たしいが、
それすらも次の瞬間には忘れてしまうほどの強い衝動が曽良を突き動かす。
「おいで、曽良」
まるで酔いに誘うかのような声に、眼差しに、浮かされて溶かされて。
その手を取れば最後。底無しの深みに堕ちるとわかっているのに。
わかって、いるのに。
「……―――Yes, My Lord...」
最初から抗う術など持つ筈もなく。
唐突に響いた声に、曽良は半ば呆れ顔で声の主を見る。
自分より頭一つ分ほど低い位置にある彼の顔や腕、服などにはまだ乾ききらない赤黒い痕。
風呂に入ってもすぐには落ちないだろう血臭と硝煙の匂いを纏っているのは
まぎれもなく自分であるというのに、何を言うのか。
「だったら、このような無茶は控えてほしいんですが」
「無茶だとは思ってないから無理」
間髪をいれずに帰ってきた答えに、曽良はその眸をゆるりと細めてから口を開く。
妹子さん、とその言動を咎めるように。しかし、返ってきたのは至極間の抜けた返事で。
「なぁに、曽良」
「なぁにではありません」
「怒ってるの?」
「怒ってますよ」
「なんで?」
「わかりませんか?」
言葉の裏に殺気を孕ませながら注がれる曽良の視線に妹子は動じることなく、
けれどどこか居心地悪そうに視線をそらす。僅かな沈黙。それに痺れを切らしたのは、曽良の方だった。
視線を合わせようとしない妹子の左腕を強引に取る。
「…い、っつ…!!」
「怪我、してますね」
「・・・・・・」
「ほう…ナイフか何かで切り付けられた、と」
袖をまくりあげて、応急処置程度に巻かれた布を手早く取る。
現れたのは白い肌には似つかわしくない血の滲む生々しい切り傷。
「どこが、無茶じゃないんですか?」
そう言いながら曽良はその赤に唇を寄せ、滲み出るそれを舌で舐めとる。
腕に走る傷をなぞる様に優しく、たまに抉るように舌をねじり込ませながら。
「いった…!ちょ、曽良痛い痛い!」
「…自業自得です」
「いや、絶対曽良の所為だから!」
そう言って妹子の手が曽良の頭を軽く小突く。それを受けて曽良が顔を上げれば、漸く二人の視線が絡んだ。
色素の薄い瞳に宿るのは意外にも優しい光。一方、黒い双眸には僅かな翳り。
「何?心配した?」
「しては、いけませんか」
一応、教育係なので。そう言いながら傷口から離した唇は、そのまま妹子の唇を奪う。
最初は啄ばむように小さく繰り返されたキスも、次第に口内を犯すように激しいものへと変わっていく。
「貴方に死なれては、芭蕉さんに顔向けできませんよ」
芭蕉の側近として妹子を預かった曽良の、尤もな言葉。
だがその言葉を発する曽良の瞳が揺れているのを妹子は見逃さなかった。
曽良が見せたその一動に、妹子は小さく口端を吊り上げる。
「素直じゃないなぁ」
「何か言いましたか?」
「ううん、何も」
言葉を交わす間にも下に下にと移動していく曽良の頭を抱えるように腕を回すと、妹子はくすくすと笑う。
少し硬めの黒髪を指先で弄びながら、わざと艶のある声で囁く。
「で。今度は、僕に欲情しちゃったんだ?」
「犯しますよ」
「もうしようとしてるくせに」
睨みつける曽良とは対照的に愉しそうに笑う妹子の白く細い指が
曽良の唇をなぞり、頬を撫で、首を這い、胸を伝い、腰に回される。
こうやって何人もの男を落としたのかと思うと腹立たしいが、
それすらも次の瞬間には忘れてしまうほどの強い衝動が曽良を突き動かす。
「おいで、曽良」
まるで酔いに誘うかのような声に、眼差しに、浮かされて溶かされて。
その手を取れば最後。底無しの深みに堕ちるとわかっているのに。
わかって、いるのに。
「……―――Yes, My Lord...」
最初から抗う術など持つ筈もなく。
酔赫
( 道を違えたのは遙か遠く、記憶の向こう )
09.01.13