[[Eclipse]] Overture#1



「失礼します、書類を届けに来ました」


ノックを2回。一応返事を待ってから、今日何度目になるか分からない言葉を口にした。
重役以外への書類運びなんてもうすることはないと思っていたのに。
この書類が総帥である芭蕉さんからではなければすぐさま捨てていたのに。
そんなことを考えながら曽良は事務的な言葉を並べていく。

要約した総帥からの通達、そしてその詳しい主旨の書かれた書類。
その二つを半ば強制的に押し付け、さっさと踵を返す。
向こうが何かを言っていた気がするが、さして重要なことではなかったので足を止めることもなく退室。
そして無駄に重厚な扉を閉めたと同時に、小さな舌打ちが廊下に響いた。

何で僕が、こんなことをしなければいけないのだろう。
人手が足りない?だからなんだというのだ。それこそ下っ端でも捕まえてやらせればいいのに。


「全く…だから書類を溜めるなとあれほど…」


次々と浮かぶ小言を噛み潰しながら、足はまっすぐある部屋へと向かう。
芭蕉さんによく似て手のかかる『姫様』の元。


「…?」


と、そのとき不意に聞えた声に曽良の足が止まった。
どうやら、次の角を曲がったところから聞こえているらしい。
気配を探れば二人、否、少し離れたところにもう一人。
ああ、これは。とその良く知った気配に頬が緩み、また足が動きだす。


「おい見ろ、若様だ」
「最近また他勢力を半壊させたらしい」


気配を殺して近づいて。
漸く視界に捉えた彼は壁に背を預け、目を伏せたまま動くことはなく。
窓から差し込む月影にぼんやりと浮かんでいて。


「人形を思わせる様な美しい御姿だとというのに…」
「全く末恐ろしいとしか言いようがない」


まるでその場所の時間だけが止まったかのような感覚。
それを破ったのは、


「やはり仏の子は悪魔憑きか何かじゃないのか」


誰ともわからない言葉ではなく。
ましてや、たった今響き渡った銃声でもなく。


「あーあ。駄目だろ?こんなところで銃なんて撃っちゃ」


ゆるりと開かれた愉しげな瞳と、吊り上がる艶やかな唇に。
その一瞬で周囲を凍りつかすような。



「ねぇ、曽良?」



人形と称される総帥の息子、小野妹子。その人の微笑みで。


「も、申し訳ありませんでした…っ!」


彼らが咎められた訳でもないのにバタバタと無駄口を叩いていた男二人が走り去っていく。
それを横目で見つつ、曽良は微かに熱を残す銃を懐にしまうと
未だにコロコロと笑っている妹子の元へと歩み寄る。

そして、妹子のすぐ横に付いた銃痕をなぞりながら溜め息を吐いた。


「なぜ、黙って聞いていたんですか?」
「曽良が近くに居たから」


当たり前のように妹子が口を開く。


「どんな反応するかなーって気になって」
「…満足ですか?」
「一応、合格点」


でも、もうちょっと妬いてくれるかと思ったのに。
そう言って口を尖らせた妹子に、曽良は呆れたように眉根を寄せた。


「これは妬くとは言いません」
「そうなの?」
「そうです。とにかく部屋に戻りますよ」
「はーい」


子供のように返事をした妹子が、歩き出そうとしていた曽良の前に手を差し出す。
意図がわからず首を傾げる曽良とは逆に妹子はにこりと笑って見せ。
その笑みは、先ほどの冷たい笑みとは違って柔らかいもので。


「手、繋ご」


返事を待たずに半ば無理やり空いている手を取り、指を絡ませた。


「相変わらず、仕方のない人だ」
「それ、曽良に言われたくないなぁ」
「僕だって妹子さんには言われたくありませんよ」



そして、その手が離れることはなく。